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第2部:自分にとってのヒーローとは?

 ヒーローと言う話を書いた。理想の自己イメージであって、将来像や夢。

 ひとのことをとやかく言ってもしかたがないので、今回は自分にとっては?と自問自答。


 子供の頃は、マンガやアニメのキャラクターが好きだった。十代に入ってからは、井上用水とマイケルジャクソンだった。藤子不二雄Aのまんが道を読んで、漫画家に憧れたこともある。トキワ荘は、あこがれの地だったろうか?プラモデラーなんていうのもあった。その頃の自己メージは、どこにあったのだろう?兎にも角にも、今は普通に会社員である。


 年を取るにつれて、なぜか両親の背中を見ている自分に気が付いく。二人のも就業期間を満了し数年前に定年している。仕事の鬼だったわけでもない、高給取りだったわけでもない、夜7時には家にいたし、夕食を一緒に取るのが普通だった。いや、だから、憧れる様な要素は、そもそも見当たらないのだ。しかし、自分が年を取ると思い出し、そして次第に大切になってくると感じている。そんな方も多いのではないかと思う。


父の場合:既に定年した父は大学の教授をやっていた。家にいるとただの父なので、博士号を持っていると知ったのは、自分が大学に進学してからだった。家族の中で発揮できる資格でもないので、知っていなかろうと問題はなかった。けれど、仕事をするようになると、父の職業と言うものを意識し始めた。


母の場合:確か特殊な療法士と言う職業だった。十数年前に国家資格になったとかで、それまでは自分の経験と知識だけがものを言う世界だったようだ。50代後半で新設の国家試験を一発合格したパワーには驚かされた。家の座卓で毎日の様に勉強していたし、時折勉強会などにも出ていた。いつも、周りの人は凄いからと言っていたが、自分にとってはその母も凄かった。手に職をつけなさいが口癖だ。


 実は他にもヒーローが多い。年を取ってからは、身の丈と言うか、周囲の人が私のヒーローになっている。倣えと言われても、まだまだ出来るものではないが、少しづつ彼らのエキスを吸収していきたいと思っている。


 残念ながら同じ仕事をしているわけではないし、同じに出来るわけではない。二人とも各々が自分の仕事を全うしているという姿の記憶は、自分にとってのちょっとした宝物である。あとは、その背中を見習って進むしかない。
 

 やはり自分なのだと思う。


 自分を探し、発見し、積み重ね、その先に自分と言う仕様を作っていく。

 
 人生長いのだから、気長に追及して行こう。


 自分学である。