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第一部:ヒーロー像

ものおもう

 なにものかになりたかったら、その人物を追いかけるのが良いミラーリングなんて言うことばもある。それは、単純にヒーローと言うことか?


 子どもが夢見るヒーロー。変身コスチュームやアイテムを身に着け、時には縮小サイズの人形を握りしめ、なりきり、自分と重ねあわせ、ご満悦に浸る。満面の笑顔である。


 子どもにとってヒーローはそれほど難しくない。自分がなりたいもの。そこに実在であるとか、架空であるとかの意味はない。人によっては、子供時代のヒーローが、そのまま大人になってからの職業になることもある。野球選手、歌手、消防士、社長、その他にも色々。自分が、こうありたいと願う姿を思い浮かべる。


 それは、「夢」だろう。


 夢には難易度があるのが、世の中の世知辛いところだと思う。
 たとえば、子供のころから日々コツコツ鍛錬が必要で、それでもあきらめなければならないもの。反対に比較的簡単世の中になる方法が浸透していて、大人になってからも選択できるもの。なかでも、子供の時分に夢を掴む方法が分らないなんて、厄介なものもある。


 夢は子供だけのものだろうか。

 大人になると子供の時よりも、夢を叶えることがたやすくなるなんて考えたことはないか。まず、年を食った分少々したたかになる。そして、夢を追いかけるための3つのことが出来るようになる。


 一つ目は、自分の夢を考えることが出来るようになる。
 二つ目は、方法を探る手段を多義に渡って手に入れることが出きる。
 三つ目に、自分を騙すことが出来るようになる。


 1)なりたい人物を探し、倣うことで理想の仕事や暮らしを手に入れる。先に書いたミラーリング(効果があるらしい)。2)これだけ、メディアやネットなどの方法がある中で、彼らが何をしているか知るのは、それほど難しいことではないはずだ。それを調べ、一つ一つ倣い自分の劣るところを補っていく。3)そして、飽きっぽい自分を叱咤するために目標を口外したり、自分へのプレゼントなどではげましてやる。


 いずれにしても子ども時代には、なかなか出来る事ではない。家庭環境、住宅環境、学校などなど、外からの制約には、残念ながら子供は無力だ。

 
 年を食って夢をあきらめるとは、言い訳にしか過ぎない。

 と私も自分にムチをいれる。



 「痛い。」