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気ままに起業準備「資本金」

資本金 = 他人の幸せの為に自分が準備するお金


 そう考えたらどうでしょうか?先人の多くが、企業の存在意義は、社会貢献することと述べています。企業は、社会に対してモノやサービスを提供し、その対価として金銭を受領します。ここで使っている「他人」は、一個人でなくても、集団や企業、国ということもあると思います。企業の保有する金銭は、その企業の外の人、集団、企業、国が今よりも幸せに移行する為に使われるお金と仮定したら、全く違った社会が生まれるのではないかと思うのです。


 「資本金」の様な単語の意味には、このような価値観は含まれることはありません。試しに資本金を大辞泉を引いてみると、何かことを行う場合の元手、或は出資者が企業に拠出した資金。」と有ります。この説明で、間違いはないと思います。合えて異論を唱えるひとはいらっしゃらないと思います。しかし、この説明で、「資本金の意味」が自分の中にストンと落ちる方はどれだけいるのでしょうか。

 企業をするにあたり、経営を行うにあたり、資本金は当然ながら必要です。利益を上げる為に最初に投資するお金。モノを買って転売する、人を雇ってサービスを提供、その他にも色々ありますが、最初にお金が掛かります。それが元手であり、資本金です。ただ残念ながら、この単語に価値観が入っていないように、「資本金を使う」と言う「行為」にも価値観を入れることが出来ていないのではないでしょうか。


 少し、話を変えますが、 私もフリーで働くことや独立を頭において勉強しています。特にマーケティングを勉強していると、「利他の心」だとか、「後利」と言ったコンセプトが頻出します。マーケティング特有の言葉、「フロントエンド」も、少なからずとも、そのコンセプトを含んでいるのかもしれません。しかし、そう言った言葉の勉強するうちに、ますます分からなくなってしまいました。


 「いったい何をすればいいのだろう?」と。


 その答えを考える切っ掛けをくれたのが、「資本金」という言葉でした。

 ことを起こす為のお金 + 利他の心 = 他人の為に使うお金、

 このような流れだったと思います。そして、私としては「自分が使って来たお金は誰かの為にあった」と結論づけました。自分と社会の接点を見いだすひとつの方法と言っていいでしょう。


 お金を使うと言うのは、この社会では、善くも悪くも、自分の存在を確かめることになります。金銭偏重と言われるかもしれませんが、お金を支払うと言う行為には、自分の価値観が大きく現れます。言い換えれば、社会に対して自分の価値観を還元するわけです。

 
 そのお金を支払うという行為を、「利他の心」で行えたなら。それは、とても価値のあることではないでしょうか。資本金は、もともと利益に先行して投資しなければなりません。行為としては、「支払い」が先になります。そして、自分が社会に投じる価値観であり、他人の幸せになる行為として考えることが出来ます。


 資本金の定義に「他人の幸せの為に自分が準備するお金」を加えられれば、大きな差を期待出来るのではないでしょうか。
 

 では、あなたは何に支払いをしているでしょうか?