成す人

 成す人=研究する人。これが最近の憶う方程式です。

 

 反省して、反省しきれないものがあります。どんな時にそうなりますでしょうか。本を読みますね。画集を見ます。ああ、これはいいと感銘を受けるのです。そして、その作者は著者は、研究を研鑽を重ねている事に気付くのです。

 

 ああ、自分はボロ雑巾ようにヨジレてもモジレても、一滴として何もでない。芸術である必要はないけれど、一滴を絞り出す努力は、日頃から研鑽する積み重ねだと思うのです。基礎からはじめ、膨大な無駄を吸収し、いつぞや結晶が絞り出される。超高度な繊細な技巧的なフィルターでありたいと思いますが、日々飲み寝てしまうのです。

 

 Leonarad Weber という画家がいます。私は一冊の画集も持っていて、3年に一回ぐらぱらぱらとめくります。そして圧倒されます。ちょっとしたパノラマの風景がなのですが、それを見た時はどうにもならない衝撃を受けるのです。

 そのように感銘を貰いながらも画集の冒頭を読むと、“1973年初めて墨絵と会いました”と始まり、“それは私に取って踊るべき芸術で、傑作でした”と 続きます。そして“、、、絵を描こうと思いました。遠近法、構図を考えながら、そして実際の風景を前に野外へ出て描くという試行錯誤を数年間繰り返し、私はやっと納得のいく一つの空間を創作することができるように、、、.”(Leonard Weber, Ballyery A.P.J.)  

 

 そこには単純に数年という重みがありました。

 

 Leonard Weberは、私にとって成す人でした。それはとても嬉しく満足なのですが、問題はそんな御方がゴロゴロおり、感銘ばかりが鐘のように頭を打ち付けて、どうにもならない状況があるわけです。

  そのうちに御方々を紹介する機会があればと思います。

  とりあえずは今日です。数ページ画集をぱらぱらとめくり、本棚にしまい、寝る事にします。

 おやすみなさい。

 

追記

“成す人”を目指そうということです。