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 そういえば、学生の時にあった文化祭や、演劇祭の時のように皆でベクトルを合わせて仕事をした記憶は社会人になってからは一度もない。


 本を読んだり、セミナーに出たりしながらコンセンサスの重要さを痛感。けれど、思い返してみれば学生のときは、それがしっかりと出来ていた。確かに成果を上げていた。ここに社会人は違うんだという論旨は役に立たない。


 やはり、残念な事にコンセンサスを感じながら仕事をした記憶はない。それから、それを持った会社を身近に見たり聞いたりした事もない。上からの指示はあるが、下からの意見は通らない。話が出来ないことが、あたりまえのことの様にあり、あっという間に10年が経った。学生時代は、勉強や試験もあり、人によってはバイトなど、ベクトルを合せようにも他の時間が入ってきてしまう。分断された時間であってもコンセンサスを取り、ベクトルを合わせて進むことができることは証明できる。


 社会人は、特に日本人などは10時間12時間と仕事をするわけだから、連続した時間を持って、それこそ人生の大きな部分を持って仕事をしているわけだ。拘束されている時間の割に仕事が個々によってバラバラなのはどういう事なのか。ほとんどの人が、自分自身も含め、不満を抱えて仕事をしている。そこに効率は、存在しないだろう。


 集団に属する事で、自分が成りたいと思う自分に成れる。自分と集団の将来をイコールに感じる。それがキーになる。を初めて約半年が過ぎる。


 ZAOWUを初めて約半年が過ぎる。この頃、メンバーの中でのベクトルの一致を実感している。進む方向が同じため、細かい事は自然とゴールへのタスクになる。方向性に合わせて、タスクは自然と軌道修正されたり、淘汰される。もちろん、それと同時に新しいタスクが次々と追加されていく。1週間にたった一回しか時間をシェアすることがないのに前に進んでいくのが妙に感じられる。



 どういう事だろう?学生だからという論旨は約に立たない。



 “仕事”



“達成”に到達するために個人、集団で継続して行う行為。



 その達成には、コンセンサスをもちベクトルを合わせての取り組みが必要だ。


 その大切さを無視しての仕事は“損”を経験していることになる。





“損”